お役だち記事

働くひとは「取引モード」と「贈与モード」のどちらで関わりをもつのがいい?

著者のWebメディアからの転載記事です。
(著者:黒田悠介さんからの承諾はいただいております)

働くひとの2つのモード

働くとは、誰かと関わることです。その関わりのなかでお金を含めた価値のやり取りが発生します。

職場では創造性や生産性を差し出すことで給料を得たりするし、タスクをアウトソースするときには報酬を支払います。

このような価値のやり取りにおいて、私たちは大きく分けて2つのモードで関わることになります。

この2つのモードについては本当にたくさんの人が言ってることではあるので何番煎じなのかも分かりませんが、自分なりの言葉にしておきたいなと思ったので恥をしのんで書いていますw

その2つのモードとはどのようなものでしょうか。

①取引モード(等価交換)

1つは「取引モード」です。このモードのとき、お金を支払う側であれば「これだけ払ったんだからその分の価値は出してもらいましょう」となるし、お金を受け取る側であれば「受け取った分までは価値を出しますよ」となる。

例えば、コンビニでの買い物は取引モードです。100円払って100円のものを買います。

これは合理的な感覚でしょう。取引モードの特徴は等価交換です。あるいは、後腐れの無さと言い換えてもいい。取引モードはドライな関係性を促すので、短期的にビジネスライクにものごとを進めるときに非常に役に立ちます。

②贈与モード(過剰交換)

もう1つのモードは「贈与モード」です。このモードのとき、お金を支払う側であれば「ちょっと多めにお支払いしますね」となるし、お金を受け取る側であれば「おまけでこんなこともやっちゃおうかな」となる。

なんとなく人間くさいやり取りですね。贈与モードの特徴は過剰交換です。多めに与えちゃうような気前の良さと言い換えてもいい。贈与モードはウェットな関係性を促すので、長期的に人と関わりながらものごとを進めるときに非常に役に立ちます。

実は「取引モード」でも「贈与モード」でもない「搾取モード」もあり得るのですが、これについてはそもそも関係性を壊すもので避けるべきだと思っています。わたしの周りにはほとんどいないタイプですしここでは扱いません。

画像1

関わりを断つ取引、関わりを繋ぐ贈与

取引は等価交換なので後腐れなく、そのあとお互いがどうなろうがしったこっちゃありません。でも、贈与は過剰交換なので、価値をより多く受け取った側には健全な負債感とでもいう感覚が残ります。「もらいすぎちゃったな」という感じです。

その負債感が元となり、贈与をお返し(ペイバック)することになったり、同じコミュニティの別の人に贈与を回したり(ペイフォワード)することになる。

こうして贈与は連鎖し、循環していく。そして、関わりも維持される。

贈与を取引に変換しないために

たとえば、誰かとご飯を食べにくとき、ワリカンにせずに贈与としておごったほうが、人間関係は続きやすいものです。次にご飯を食べたときにおごり返してくれるかもしれませんし、それが連鎖するかもしれない。

ちなみに、以前おごった相手がちゃんとおごり返してくれることを期待しすぎると、それは等価交換の取引モードになっていることになります。だから、おごったことは忘れるくらいがいいんじゃないかなと思っています。

そういえば家族は明かに贈与という過剰交換で成り立っていて、それでつながりが維持されているような気もします。母親が作るご飯に毎回お金を払うことはありませんよね。それは母親の贈与を取引にしてしまう行為ですから。

バレンタインにもらったチョコと同額のお金を女性に渡したとしたら不快にさせてしまうと想像できるのも、たぶん同じ理由です。

どちらのモードであるべきか

働くひとにとって、どちらのモードであるべきかは「選択肢の多さと広さ」によるのかなと思います。価値をやり取りする相手がいくらでも選り好みできる場合には、取引モードでもっとも経済合理性のある選択肢をその都度選べばいい。

業界において圧倒的に強い立場の場合には成り立つかもしれませんね。あるいは、クラウドソーシングのようなプラットフォームでも取引モードになりやすいかもしれません。

それとは逆に、あまり多くの選択肢にアクセスできない場合には、限られた相手と継続的に価値のやり取りをする必要がでてきます。ときには協力する必要があったり、相手に負担をかけてしまうこともあるでしょう。そんなときにはあらかじめ贈与モードで良い関係性を築いておくことがスムーズにものごとを進めるうえで有効になります。

世の中がコミュニティに分かれてクラスター化していく流れのなかでは、どちらかといえば私たちはそこまで多くの選択肢を手にしているわけではありません。個の時代という意味でも、既存のネットワークという限られた選択肢のなかでいかに協力的な関係性を築いておくのかが重要になってくると思います。

そしてそもそも、仕事というものの性質も、機械に代替されない人間性と関係性がメインになってくるはずです。するとなおさら贈与モードが重要になってくる。

そんなわけで、贈与モードをデフォルトにしている人は既存のネットワークを良い状態で維持できて、働きやすく、そして生きやすい世の中になっていくんじゃないかな、と思うのです。

報酬は値切ったりせずに払っちゃう。価値提供もちょっとやりすぎなくらいでちょうどいい。そういった気前の良さと心の余裕が欲しいのものですね。