こちらの記事は、下記記事をまとめて転載した記事です。
・用がなくてもお茶を飲む
・モチベーションタイプで人に動いてもらう方法
・営業せずに案件を獲得した一風変わった方法
・「お金を払ってでも働きたい」という価値の逆転 / Short COMEMO
・フリーランスが仕事を断ったほうがいい理由 / Short COMEMO
・相手のアタマのなかをイメージしながら話すことについて
・「時間がなくて長文になっちゃた」by パスカル
著者のWebメディアからの転載記事です。
(著者:黒田悠介さんからの承諾はいただいております)
用がなくてもお茶を飲む
さまざまな地域や部族に共通するのが、一緒に何度もお茶やコーヒーを飲むことの重要性。
これはアラブのような砂漠にも、エチオピアのような熱帯にも、スウェーデンのような冷帯にも共通しています。
用がなくても会いに行ってお茶を飲み、世間話をする。こうした日々の関係性のメンテナンスが、いざ何か起きたときに頼りになる。
用ができたときにだけ会いに来るヤツは怪しまれたり薄情と思われたりするそうですw
そう、用ができてからでは、遅いのです。
これは確かにわたしもそうで、数年ぶりにメッセンジャーで連絡があったかと思ったらテンプレート文章で「クラウドファンディングやるので支援よろしくお願いします!!」とかだとガッカリする。
これが「用ができたときにだけ会いに来るヤツ」です。先に信頼関係がある(一緒によくお茶を飲んでいた時期がある)人ならいいんだけどねえ。
モチベーションタイプで人に動いてもらう方法
人に動いて欲しいときには、その人のモチベーションやインセンティブがどこにあるのかを見つけると良いみたいです。それを短期で得たいのか長期で得たいのかを確認しながら、付き合い自体も長くなるか短くなるかを想像しながら相互利益を設計します。
経験上、お互いがお金をインセンティブとしない場合の方が長期的な関係になり、お金による相互利益を設計した場合よりも結果的に得られるものが多くなるようです。
世の中お金じゃないんですよ。
だから、口座の残高よりも信頼の残高、評判の残高を増やしておきたいものです。信頼や評判をお金に変えるのは簡単ですから。逆はとても難しい。信頼はお金で買えません。
営業せずに案件を獲得した一風変わった方法
フリーランスの重要な活動に営業とマーケティングがあります。私は営業するのが面倒なので、マーケティングに頼って案件を獲得しています。こういう話をすると、
どうやってんの?
と聞かれることが多いので、ちょっと変わった方法も含めて公開します。
営業しないで案件を獲得する方法
- ココナラで「あなたのサービスをレビューします」という仕事を500円で募集。高い質でスピーディに対応したらFacebookからメッセージが来て案件化。
- yentaで出会った社長さんと意気投合し案件化。
- 登録したフリーランスのエージェント企業の社長と意気投合し案件化。
- サービスの気に入らない部分を書き散らして問い合わせフォームから送ったら「もっとフィードバックしてくれ」ということになり案件化。
- 「文系 フリーランス」で検索してこのブログを読んだ新規事業担当者からFacebookメッセージが届き、打ち合わせに呼ばれて案件化。
- 私のことを良く知っている人が「それなら黒田さんですね」という風に話題に出してくれて案件化。
- パートナー企業からの案件紹介。
- 以前お付き合いがあった企業からの声がけで案件化。
だいたいこんな感じですね。
本業に集中するために、営業する時間をマーケティングに置き換えてみてはいかがでしょうか。
「お金を払ってでも働きたい」という価値の逆転
価値の向きは簡単に逆転しうる。
例えば、普通は
「労働力を提供してもらってお金を支払う」
だと思うのですが、逆に
「労働力を提供してもらったうえにお金をもらう」
ということがあり得えます。具体的には、カバン持ちの権利を販売する、雪かきボランティアをイベント化して参加費を取る、など。クラウドファンディングのリワードにも関与する権利(つまり労働力を提供する権利)が出てくることが増えました。
ベーシックインカム導入でお金のコモディティ化が進んだら、お金を得るために働くことは減っていき、一部の仕事はむしろ趣味のようにお金を払って楽しむものになるかもしれません。
フリーランスが仕事を断ったほうがいい理由
ちゃんと優先順位や基準を示して依頼を断ると、嫌な顔をされるどころか感心されたりするのでオススメです。基準に合う依頼をあとでしてくれる場合もあります。
さらに、断った依頼を好みそうな別の基準を持つ
仲間にパス
すると、その仲間からも感謝される。そうすると断った仕事をしない分の時間ができますし、パスした仲間が今度は
逆に別の案件をパスしてくれる
ようになって営業にかける時間が減るからもっと時間ができる。すると、その時間でやりたいことができる。断り上手になると、
時間ができて仕事も増えてやりたいことができる
ようになります。時間は最も貴重で回復が効かないリソースです。フリーランスの良いところは、何に時間を使うのは自分で意思決定できるところ。断ることでうまく時間を作っていきましょう。
相手のアタマのなかをイメージしながら話すことについて
あなたの話は、相手のアタマでどんな反応を生んでいるでしょうか?
例えばあなたが長々と話しているとき、相手のアマタは受け取れきれない情報で溢れかえっているでしょうか?それとも一連のストーリーや意味のネットワークとして受け取られているでしょうか?
例えばあなたがスパッと鋭いことを言ったとき、相手のアタマにはクエスチョンマークが浮かんでいるでしょうか?それとも驚きや感動でニューロンがスパークしているでしょうか?
例えばあなたが質問をしたときに、相手のは質問の意図が分からず考えあぐねているでしょうか?それとも答えたくなって様々な記憶や思考の引き出しが自然と開き始めているでしょうか?
相手のアタマの中を直接覗くことはできませんが、その反応を眺めることでイメージすることはできます。
相手の言葉や身体の動きなどはすべてシグナルです。そのシグナルをフィードバックとして敏感に受け取り、自分の話が伝わっているか、うんざりさせていないか、ワクワクさせているか、ということをイメージする。
コミュニケーションはお互いに変化を与える動的なプロセスなので、そのプロセスに対して意識を向けるようになると、そのダイナミックさに驚き、より深く楽しむことができるようになると考えています。
もちろん、だれしもそうすべきだとか、いつでもそうすべきだとか、そんなつもりはありません。でも、その人とその話題で話すのはもしかしたらこの場・この時間だけかもしれないと思うと、味わっておきたいなあと思うのです。
「時間がなくて長文になっちゃた」by パスカル
“I am sorry to have wearied you with so long a letter but I did not have time to write you a short one”
確率論や『パンセ』で有名なブレーズ・パスカルはこんなことをある手紙の中で言っていたそうだ。
時間なかったから長文の手紙送っちゃった。時間があれば短くできたんだけどね。という意味。
普通なら「時間がないから短文になった」というところを、逆に「時間がないから長文になった」というところが、彼の文章表現に対する姿勢を表している気がする。
パスカルが言っている「時間がなかった」というのは、書く時間のことではなくて、重要なポイント以外を削る時間のこと。
表現は、冗長なものから人の心を打つものを削り出す作業と言えるのかも知れない。
パスカルから150年ほど時間をさかのぼってみると、ミケランジェロも、絵の具を塗り重ねる絵画よりも、大理石の中に秘められた美を削り出して解放する彫刻の方が芸術として優れていると考えていたという。
パスカルもミケランジェロも、削ることに重きを置いている点で共通している。
ミケランジェロの言葉をいくつか引用してみよう
Beauty is the purgation of superfluities. (美は余分なものの浄化である。)
The more the marbles wastes, the more the statue grows. (余分の大理石がそぎ落とされるにつれて彫像は成長する)
I saw the angel in the marble and carved until I set him free. (私は大理石の中に天使を見た。そして天使を自由にするために彫ったのだ)
The marble not yet carved can hold the form of every thought the greatest artist has. (まだ彫られていない大理石は、偉大な芸術家が考えうるすべての形状を持っている)
絵画もある意味、現実の一部を捨象している意味で、削り出されたものと言えるはずだ。ただ、ミケランジェロはその製作過程すら、削り出すことを求めたのだろう。
絵画や彫刻以外の芸術にも、「削る」ことの重要性がふくまれている。
写真は三次元である世界の奥行き方向の次元を捨象して削り出す芸術。音楽はリズムと音階を定めたことでタイミングや周波数を制限し、無限の可能性から美しい響きを削り出した芸術。
私たちは、無限の可能性のなかから慎重に削り出されたものを見て、そこに意志を感じたり、感動するのかもしれない。